強さと美しさを兼備する
金沢和傘の歴史

和傘の歴史は古く、中国から渡来した天蓋式絹傘と、平安時代に貴族階級が外出時にさした長い柄菅笠が混合され、変化してできた。
江戸時代に入って、紙・竹細工の進歩により、また都市生活者の増加で、労働時の桧傘、菅笠の需要とともに発展するようになった。金沢和傘の特色は、柄に孟宗竹を用い、紙は楮和紙を張っていることである。傘の中心部には和紙を四重張りし、糸も二重三重に張ってあるなど、他の産地のものより丈夫につくられている。明治・大正期の最盛期には金沢に118軒の傘屋があり、金沢傘の名で県外までも販売されていたという。昭和に入って、特に30年以降は洋傘の輸入が始まり、生活様式の洋装化につれて、素材も生地のカラフルな洋傘全盛時代となり、和傘の製造は激減した。現在は、提灯製造との兼業で注文生産され、和装の外出に趣きをそえている。
製造工程