美しき獲物と競う愉しみ
加賀毛針の歴史

数多い伝統工芸の中にあって、釣りに用いるレジャー用品として、また消耗品的な要素からいってもユニークなものと言えよう。
その起源は京都から伝わったとする説や、銭屋五兵衛が欧米から導入したとするなど定かではない。ただ英国において、17世紀頃からヤマメを釣るのに毛針を使ったと記録に残っており、その後金沢で独自の発達をしたとすれば興味のあるところである。
加賀藩では、武士の特権として川狩りを奨励し、鮎釣りに使用する鮎毛針は、器用な武士により幾多の考案や手内職として製作されるなど、その土壌はあったと言える。
明治初期には一般の町人にも釣りが許され、需要が急増し、釣り人口とともに専業の釣針屋が現れた。
明治23年の内国勧業博覧会への出品で、販路の拡大に大きく貢献し、以後東京を中心とする東日本では加賀針の人気が定着し、西日本での土佐針と二分する発展を見せた。
原材料は野鳥(おしどり、かわせみ、まがも等)の羽毛を使用、また接合部に漆、金箔を使うなど、高度の技術を必要としている。
製造工程